わたしは「め」が見えないんだって。
「ひかり」って何?
「いろ」って何?
「おそと」ってところに連れて行かれると右にパパ、左にママの声が聞こえる。わたしの「おてて」はパパとママがつないでくれるから大丈夫。
「め」が見えなくてもわたしは歩けるよ。だって、感じるもん。「おと」「ふわふわ」「カチカチ」とか「つーん」「あまあま」とか「あつい」とか「つめたい」とか。
1
「マジロギちゃん、今日はねパパがおいしいところ連れてってくれるんだって」
「わぁい!!パパ楽しみ~」
「マジロギに絶対『うまー!!』って言わせてやるからな」
「ふぅ~ん?マジロギがげぇ~したらパパゆるさないよ~」
「こらこらマジロギちゃんどこでそんな言葉を覚えたの?ダメでしょ」
「えへへー。じょーだんだよ〜」
「気にしてないぞマジロギ。パパ常連だし自信あるから」
と、親子は話しながら歩いていく。徐々に人混みが増えていくところを両脇の父母が真ん中の子どもを支えているとは思えない連携の取れた動きで縫っていった。
「ふぅ、危なかったわ。パパ、本当にあとちょっとなの?」
「ああ、すぐそこだ。うわ〜並んでる」
父が指を指したところには、最近できたばかりなのかと言わんばかりの装飾だ。白樺ベースに黒樫の板を店名の枠として囲っており、枠の隙間からはアイビーが張り巡らさているその様は、SNS映えを意識していた。
その店の出入口前には、若い男女5,6人ほどがデバイスを片手に暇を潰していた。
両親に手を繋がれた子どもはその店を見ていたような気がした。
「え?すごい!!」
「そうだろそうだろ」
「パパ、マジロギちゃんが見えてるわけないでしょ?」
「なんていえばいいのか……?」
♦
なんて言い表せばいいのだろうかわたしにはわかるわけなかった。
だって、わたしがはじめて感じたことだんもん。
ふたつの何かがパパからママの方に行ったら、ピカピカしてギューってなったもん。
「おとじゃない……」
「「え?」」
「パパママのぷにぷにじゃない……」
「マジロギちゃんどうしちゃったの!?」
わたしは『くび』をパパからママの方に動かしてみた。
すると丸くてサラサラしたものを付けてるものが見えた。さらに大きな丸がサラサラをうーんわかんない。それのところにピカピカギューがいる。
「マジロギちゃん?」
ママの声だ。丸くてサラサラの丸についてる細いツヤツヤがおっきくなったりちっさくなったりした。
「これがママ?」
「ママはママよ?」
「ママ……わたし…目が……」
「マジロギちゃんママが見えてるの?」
「うん」
「じゃあパパは?」
わたしはパパの声が聞こえる方を向いた。
「見えない」
「ぎっ!?ショック……」
再びママの方に戻すと、途切れてはいるけど見えた。
ということは……
「ママの後ろになんかいるから、ママは見える」
「ひぇっ!?って何もいないじゃな〜い」
ママが面白い反応した。ビクッてなってにこってした。
「見えるもん!!マジロギには見えるもん!!」
ママの後ろに見えるピカピカギューは2いた。わたしはそれを見ると、
「待ってよー」
少し遠くに行ってしまった。そのせいか、ママの近くが見えなくなった。
繋がれた両手を振り切ってそれを追った。
「君たちがいないと目が見えないの!!」
「マジロギ!!」「マジロギちゃん!!」
再び人混みの波に飲まれて父母は一人娘を見失った。
2
あの頃のわたしは、ピカピカギューを追っていることに夢中になりすぎて、走ってることも息をしてるのも忘れてた。
「待ってピカピカギュー!!……はぁはぁ」
「君、ボクたちが見えるのか!?」
それはピタリと止まった。聞こえた声の方は冷たい色にピカピカしていた。
頭が目玉と瞼で体がビデオカメラみたいなイルカさんだった。
「うん!!見えるよ!!ピカピカギュー!!」
「だってよピカピカギュー」
冷たいピカピカは、逃げようとするピカピカを引っ張った。
「誰がピカピカギューだアホ!!おっと失礼、それは違うのだよお嬢さん」
「わぁー可愛い!!」
「ぼくはね、目に映ったものを君たちの記憶に残す力を持つ『エコーナ』っていうんだ!!」
エコーナと名乗った方は温かい色にピカピカしていた。
同じく頭が目玉と瞼で、体はおっきなレンズのカメラみたいなタコさんだった。
「へぇ~意味わかんないけどカッコいい力の持ち主なんだね!!」
二つのピカピカは地面に落ちそうになった。
「ボクはこいつの力を止めていつもいろんなものを見せる力を持つ『セリーダ』だよ」
「すごい!!すごい!!見せて見せて!!」
「見せてと言われてもなぁ……ところで君は?」
「わたし、マジロギ・スプリンテストって言うんだー。4才!!色々と感じ取るのが得意だよ!!……目は見えないけど」
セリーダは首を傾げて数秒わたしを見つめる。しばらくして何かわかったような顔をして、
「えええええええええ!!」と、周囲をこだました。
「いままで何も見えてないのになぜボクたちを追えたんだ!?」
「エコーナとセリーダを見たら見えたから」
「は?」
セリーダが見つけられなかった答えを、エコーナが拾ったようにおててを叩くと
「あーそういえばセリーダ君。だいぶ前の契約者だけど……」
なんて言うと、二人はわたしに背を向けて喋り始めた。
しばらく話し合っていると、セリーダも首を縦に振って二人は私の方に向いてきた。
「こほん。4才の君には難しいかもしれないができるだけ簡単に話す」
ぼくたちは精霊っていう不思議な生き物なんだ。
精霊っていうのは、石ころや水といったものや、犬そして君たち人間のような生き物にくっついてないと生きていけないんだ。その代わりすごい力を持ってるんだ。
ぼくエコーナは『陽性残像』という力を使える。これで生き物の目に入ったものを覚えさせることができるんだよ。
ボクセリーダは『陰性残像』という力を使える。エコーナの力とは反対の色の光を生き物の目に当てることで、見えたものを消すことができる。
「エコーナすごい!!セリーダ嘘つき!!」
「嘘はついてない!!君たち人間はよく転んで怪我をする、それを守るためにエコーナの『過去の幻想』を消して『現実』を見せて気づかせてやってるんだ」
「げんじつ?」
「まぁまぁ、マジロギが大人になったらわかることさ。ね、セリちゃん」
「あぅ、そーいうことだよ」
「セリーダは優しい精霊さんなんだね」
「セリーダさんイケメ~ン」
「うっせぇ!!話を戻すよ」
マジロギは目が見えないけど、ボクたちのことは見えた。しかも、ボクたちを見ることで周りのものも見えるようになった。
つまり、ぼくたちは生き物たちに光を与えた精霊なんだよね。
時はかなり昔に遡るけど、今はあたりまえのようにあるカメラやビデオカメラ。
セリーダが昔話を始めるとエコーナとセリーダは自分の体を指で差した。
これらをみんなが持っている時代が来た時、点滅する光を見続けると目が痛くなる現象が起きた。さらに、光を見たときに目に映ったものが変な色で見えだしたともいう。
「さて、マジロギ。今言った昔話の現象を再現するからぼくのお腹をみてね」
わたしはエコーナのお腹というかカメラのレンズみたいなへそを見る。
エコーナがハイチーズと言うと、カシャっていう音と同時に光が見えた。これが連続で3回ほど。
「マジロギ、目を閉じて!」
セリーダが焦るように言うから閉じてみると、いつもの暗闇になった。するとエコーナがぼんやりと見えては、そのエコーナがセリーダみたいな色に変わっていくのを感じた。
「ちょっと目が痛いけど、不思議~!!エコーナが見えたと思ったら変な色になって消えちゃった~面白い!!」
「おっと、そこの眼鏡の嬢ちゃん」
わたしの聞きなれないおじさんのような声が聞こえた。
「見ちゃだめだマジロギ!!」
「ぼくたちを見続けて!!」
3
「もしもし!!迷子を捜してほしいんですけど」
白樺の壁に覆われた建物付近で母親は緊迫した表情で、早口に通話していた。
伝えたいことを伝えるだけ言葉を出し切ると、話し相手に相槌を打った。
「マジロギ……どこに行ってしまったんだ……」
父親は両手を硬く握りしめて祈る。
♦
「逃げちゃったけどいいの?」
「パパやママから知らない人についていかないって教わらなかったのか?」
セリーダがそいう言うと、わたしはパパやママが『一緒に外出るときは絶対に手を離すな』と言われたことを思い出した。一度離して勝手にどこか行ったらすごく叱られた。
「わたし……手を離しちゃったから……パパ、ママ!!ごめんなさい!!」
わたしはここ初めて迷子であることを察した。
我慢できなくて涙が溢れていった。
「止まるなマジロギ!!」
「セリーダ、この子はまだ4才なんだよ。無理も無いって」
「だけど!!」
「それにさっき目が見えるようになったばかりなんだよ」
わたしの他に足音が聞こえてきて、
「マジロギちゃん、パパだよぉ~」
「くそっ盗み聞きしてたか!!」
セリーダは舌打ちした。
パパだと言われて本当にそうなのではないのかと信じ始める。だって、ママの顔は見たことがあってもパパの顔は見たことないもん。
「パパ……?」
「そうだ、こっちこっちぃ~」
「マジロギちゃん思い出して!!」
『思い出して』って何を思い出せばいいのか分からない。
声のする方にすかさず手を伸ばしてしまう。
視界がエコーナとセリーダから離れることで何も見えなくなっていく。
視界が失ったことで残りの4感を頼りにしていくしかない。
視界が真っ暗になった瞬間、強引に腕を掴まれた感触があった。
「パ、パパじゃない!!知らない人!!」
「ヘへッ!!おとなしくおじさんについてくれば優しくするよ~」
不快だった。あの時の感触を今でも覚えている。未だに強引に手を掴む男性が苦手だ。
「言わんこっちゃない!!」
「あれをやるんだねセリーダ!!」
わたしと知らない男の前にエコーナとセリーダが立ちはだかる。
でも、こんな超常的な生き物を目の前に知らない男は何も気にしておらず、わたしを見ていた。目玉が取れるくらい飛び出していて、口から出てくる舌は湿っており、舌から垂れる液体は不揃いなあごひげにかかっている。
その視線は不快だった。だから、何もできなかった。
不快感を味わった時間ほんの数秒で終わる。
知らない男の右手は掴んだわたしの左手からするっと離れていき、しわだらけの額に触れていった。
「う”ぉぇっ!!……なんだ……この二日酔いみたいな感じ……」
知らない男の口から見てられないものが出てきたので、すぐさま後ろを振り向いた。
「行くよマジロギ!!」
「うん!!」
「道はエコーナ様にお任せあーれ」
「こいつこんなので意外と記憶力すげーから」
エコーナを先頭にわたしたちは急いで細い道を抜け出すのだった。
4
「お待たせしました、こちら警察です」
ビルに囲まれた大通りはすっかりパトランプが、周囲を赤く照らしていた。
「私がスプリンテストです。娘はおそらくあの細い路地の方に……」
「娘は目が見えないんです。なのにあの子ったら……」
夫婦の状況をそうでしたかと受け止めた警察官は、旦那さんが差した細い路地に向かうのだった。
♦
「エコーナ、セリーダ、助けてくれてありがとう」
わたしは走りながらお礼を言う。もうこの精霊さんたちから目を離さない。
「いいや、いいんだよ……」
どうしちゃったのセリーダ。あの時のピカピカが嘘のように消えかかっている。
「一つ契約、いいや約束をしようよ」
エコーナも消えそうなのにニコニコしている。
「さっきの続きだけど」
「君の目を今のように見えるようにするから、目に住まわせてください」
お願いします、と消えそうな姿で頭を下げられたら聞くしかないじゃん。
「なんで目に住まないといけないの?痛くない?」
「ぼくたちは精霊だから透けるし」と、エコーナがわたしの頭を触ろうとする。
「何も感じない……」
「ボクたち『残像精霊』は目が二つあるのと同じように共にいないと生きていけないうえに、生き物の目から入ってくる光を食べないと消えちゃうんだ」
「そんな……」
会って早々目を治した精霊が消えちゃうなんてやだよ。
「いいよ」
「いい子だ、契約取引成立だね」
「目を失わない限り一生世界を見れるよ」
よろしくマジロギ、これが今日最後に交わした二人とのお話だった。
「パパ、ママごめんなさい……」
わたしはママに向かって頭を下げた。怒った声を、いや今は顔を見たくなかったから。
「無事でよかったわ、マジロギちゃん。この眼鏡がいいお守りになったのね」
ママはわたしの髪をかき分けながら頬を撫でた。
「マジロギ……よく帰ってこれたな」
パパの声がする。この人がパパ?今度こそ間違ってないよね?
「パパを見てる?見えてるんだなマジロギ!!」
「うん!!」
大きくてわたしをしっかり守ってくれそうなカッコいいパパに向かって、飛びついた。
パパ、ママ、今日からわたし一人で歩けるよ。
とにかく、この日は初めてのことだらけで一生忘れることがないくらい充実した日だった。
翌日眼科に寄ると、神や悪魔、精霊に妖精と契約することで、元々の病気が治ることがある例があると言っていた。
なんと、ここはサティリーチ先鋭都市。社会の多様性を受け入れていて、どんな超常的な生き物でも共存をしようと働きかけるのが特徴な街だ。
それでも、悪意ある犯罪は絶えないけど、超常現象には超常現象で最小限に食い止めるヒーロー活動で暗躍している人々がいるという。
私、マジロギ・スプリンテストもその一人。普段は、バーで働きながらパパ直伝のマジックショーもやっているの。若者の街・ポプカル街の繁華街ということもあり、たまにエコーナとセリーダと力を合わせて、自衛目的に犯罪を止めているわ。
そのマジックショー、エコーナとセリーダに頼っているって?
たまに調子悪い時もあるし、頼ったっていいじゃない。
どんなマジックにも、タネも仕掛けもあるから魅せることができるの。でも、上手に隠さないと夢が無くなっちゃうわ。頭が取れた着ぐるみみたいにね。
「マジ姐!!ショーの時間だぜ」
「はいはーい。シェイカーハンズ君BGMお願いね」
私はバイトの後輩に呼ばれるまま準備室からカウンターに向かった。
「バー・ストロボネオンへようこそ。煌めくマジシャン・スプリンテストによるマジックショー開演です!!」
お守り兼オシャレ用にかけていた眼鏡をベストの襟にしまった。
左脇にある少年たちからのプレゼントで貰ったデッキケースから素早くトランプを抜いていく。
右手に仕込んだカード数枚を同時に、扇状に出してお客様に見せながら決めポーズすると、席をすべて埋め尽くした6名が拍手をした。